矢沢久雄さん~小さなWISH~

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矢沢 久雄 (やざわ・ひさお)

講師になるまでのお仕事: 大手電機メーカー勤務、システム開発会社勤務。

今のお仕事: 株式会社ヤザワ取締役社長。電脳ライター友の会会長兼事務局長、グレープシティ株式会社アドバイザリースタッフ。 電気回路からプログラミング言語まで、多くの著書を出版。日経BPの矢沢久雄のソフトウエア芸人の部屋、SEplusのIT業界転職事情などの連載を持つ。

 


 

やりたいことがあれば独立し、本を書きたかったら書いてしまうという矢沢久雄さんにお話しを伺いました。

 

- 矢沢さんは著書も多く、長年多くの研修をされていると思います。本日は色々聞かせてください。

矢沢:お手柔らかにお願いします。

 

PCが欲しい、PC会社で働こう

 

- どうしてIT業界で働こうと思ったのですか?

矢沢:実家が工場だったため機械工学科を卒業したのですが、卒業研究でコンピュータ関連の研究をしたのがきっかけです。当時はメカトロと言われていました。

PC98シリーズが出だした頃で、それを使ってメカトロのシステムを作っていました。当時はPC98が学校に数台しかなく、普段は使えません。申請があれば24時間学校にいてよかったため、夜に皆が帰ったあと何人かで教えあっていました。卒業近くなり、たまたま求人募集にPC98の工場があり、大企業でもあったので、この会社に行けばタダで貰えるのではないかと思って入社しました(笑)。なので、最初はプログラマーではなくPC工場でした。IT業界で働くきっかけは、PCが欲しかったからです。

 

- PCが欲しくてIT業界に入ったのですね(笑)。

矢沢:まぁ、プログラムは好きでしたから。その会社にはいざ入ったらPCは貰えないし、プログラミングの仕事もほとんどありませんでした。それに大きい声では言えませんが、大企業というのはあまり自由がききません。協力会社さんへ指示をして書類作成ばかりの仕事で、なんとなく不本意でいたところ、機械工場を営んでいた親父が病気になってしまいました。そこで実家の近くに戻るということになり、地元のシステム開発会社に転職することになりました。

そこでは、自分の思った通りに自分たちで全部作るプログラミングの仕事ができました。ハードもソフトも作っていたので、楽しく働いていました。

 

- 最初は何の言語に携わられていたのですか?

矢沢:当時は、C言語とアセンブラでした。仕事は今以上にハードが多かったです。今は日本では装置を作ることはあまりないと思いますが、当時は装置も作るし、その装置に乗せるソフトも作るという仕事でした。アセンブラでなくては書けないようなコアの部分だけアセンブラで書き、そこができると周りをCで書く、といったような感じでした。CもロムエイブルCというマイコン用のC言語でした。30年ほど前の話です。

卒業研究でやっていたチームは当時珍しかったので、C言語にはいいタイミングで出会えたと思っています。

 

- Javaの研修をされることが多いと伺ったのですが、Javaとの出会いはいつ頃ですか?

矢沢:都合によりMicrosoft系のプログラミングをする会社に転職したため、Javaより前に.netフレームワークでの開発をしていました。Javaは本を作ることになった時にやるようになりました。気にはなっていたので自分で勉強したりしながら試していたのですが、他の系統の本を書いていたところ、Javaの本も書かないかというお話をいただき本格的に触れるようになりました。

 

やりたいものができた時に独立するのが良い

 

- 今はご自身の会社を立ち上げられているということですが、独立のきっかけは何だったのでしょうか?

矢沢:今はWebシステムがあるので簡単にパッケージ商品を作れると思うのですが、20年ほど前は受託開発がほとんどでした。パッケージへ憧れもあり、アイディアがあったので独立することにしました。

 

- 独立されて何年目になりますか?

矢沢:20年ぐらいだと思います。独立は自分がやりたいものができた時にするのが良いと思います。自分で特にこれがやりたい、というものがないと、それを探すために会社に勤めているのではないかなと思います(笑)。今の時代は独立しやすいのではないでしょうか。スマホのアプリ一つでも独立しようと思えばできますし。昔はパッケージ一つ作るのにも箱に入れてCDに焼いて紙のマニュアルを入れて作らなければならなかったのが、インターネットがあればできますから。

 

- 事業の主軸は何ですか?

矢沢:メインは教えることです。物づくりはメンテナンスをしているだけで、新たな物を作るということはしていないです。やりたくないわけではないのですが、お休み中です(笑)。テクノロジーに触れていたいのですが、受託開発ではなく、自分が売りたいものができた時に開発をしたいと思っています。人に教えることや、本の執筆をしているとテクノロジーに触れることはできますので。

ですが、そろそろ寂しくなってきたのでスマートフォンアプリなどをやりたいなとは思っています。どうせやるのであれば、売り方は自由なので世界中に売れるものにしたいと思っています。世界中と考えると、ニッチなアイディアでもいけるかもしれない。昔であれば箱に入れて営業が売り歩くわけですから高価でないといけませんでしたが、ダウンロード形式のアプリであれば安くても数が少なくてもいい訳です。今までやってきた「教える」ということをアプリにしてもいいのかなと考えています。

 

なぜか講師に

 

- 講師になったきっかけは何ですか?

矢沢:ちょうど40歳の頃から講師をやり始めたので13年くらいになりますが、最初はやる気はなかったです。始めた当初は、講師という仕事を真面目に考えておらず、頼まれたからやるというようなスタンスでした。どのようなテーマを渡されても全く準備をしなかったりと、ひどいものでした(笑)。今思えば受講者に失礼だったのですが。

なぜ講師になったのかというと、ある知人から講師をやらないか、と声を掛けられたからです。やったことがないからやらない、と最初は断っていたのですが、いいから面接に行こうということで連れていかれました。面接では資格は何を持っているか、ということしか聞かれないからと言われ、渋々行くと本当にそれしか聞かれません。たまたま情報処理試験の一種の資格まで持っていたら話が進んでしまって、講師をやることになってしまいました。

 

- 年間何日くらい登壇されているのですか?

矢沢:100日前後だと思います。講師専門でやっている人に比べると普通より少し少ないくらいでしょうか。

 

講師の役割は「その気にさせる」こと

 

- 研修の依頼で多いものは何ですか?

矢沢:情報処理系が多いです。やはり基本情報処理の受験者は多いですし、受からずに困っている受験者も多いです。

新人研修のJavaもありますが、研修は最初の取っ掛かりが大事です。最近は一か月間みっちりやるというのも多いですが、昔のIT企業の研修は外部から入ってきた人にコンピュータとマニュアルを渡して「これ読んでおいて」というのが普通でした。それができれば一番いいのですが、今はその気にさせるまでが大変だと思います。

例えば、10日間の研修用の教材があるとして、渡しただけでは何もしません。それを、教材を渡したら勝手に進めて解らなければ聞く、というのができるようにしてあげるのが一番の役割ではないかと思います。結局、手取り足取り教えて、研修が終わって教えてくれる人がいなくなったとたん何もできなくなるというのが一番怖いです。自分でやりたくなるような楽しさや、自信をつけたりするというのが研修で一番大切な部分だと思います。

 

- 研修をやる時に気を付けていることはありますか?

矢沢:やはり受講者のニーズにあったことをするということですかね。初めてやった頃に比べればとても進歩しています。受講者を見るようになりました。最初は自分が勝手に喋って、ただ聴いて貰うような感じでした。でも、やはり受講者あっての講義ですから、受講者が求めるものをやろうと思っています。「教えよう」と考えるのではなく、「満足させよう」と思ってやっています。

 

- 今までで印象に残っている研修、失敗談はありますか?

矢沢:いくつかありますね(笑)。長野県で2日間、基本情報の午後のJava言語対策の研修をしたことがあります。問題演習をやって欲しいと言われていて、Javaで受けるということは普段Javaを使った業務をしているのだろうと思って行きました。ところが、行ってから「Java初めての人?」という質問をすると、ほぼ全員の手が挙がりました(笑)。持ってきた資料と用意したネタは多少なりともやったことがある人向けの物でしたので、全くずれていたわけです。

 

- どうやって危機を回避したのですか?

矢沢:色々と質問をしてみたところ、プログラミングの経験は何となくあるようでした。そこで急遽、Javaプログラミングの読み方講座のような方向性で講義をしました。事前のチェックの必要性を痛感した研修でした。

あと失敗談で言えばもう一つあります。若い子は神経質な事がよくあるのですが、私はおじさんなものでついつい不適切な発言をしてしまいました。セキュリティの講座でWinnyについて話をし、「Winnyは恐ろしいものです。私も使ったことがあるのですが…」という発言をしたところ、犯罪者のように思われてしまいました。Winny自体は問題がなく、Winnyを使って犯罪に繋がることもあるという前提を飛ばしてしまったためでしょう。そういう所は注意しなくてはならないと思います。

型にはまって何かをするというのでは面白くないため、時々失敗します。ある会社で5クラスほどある研修をした時のことです。その会社は先輩社員が研修アシスタントをするのですが、そのアシスタントをいつもいじって講義を進めていました。ある日、受講生もだんだんとだらけてきて元気がなかったため、アシスタントの社員に近くのたこ焼き屋でたこ焼きを買ってきてもらいました。そうすると、他のクラスでやっていない事をしないで欲しいというお叱りをいただいてしまいました。

 

「3ない」の受講生

 

- 昔の受講生と今の受講生で変わっていることはありますか?

矢沢:変わりましたね。昔の受講生は寝ているやつは完璧に寝ますし、講師の足を引っ張ろうとするやつは徹底的に責めてきます(笑)。

最近は「3ない」の受講生がほとんどですね。「寝ない」、「笑わない」、「質問しない」というように、反応がとにかく薄いです。就職が厳しいため、会社に入れていただいたという気持ちが強いのではないでしょうか。消極的というか、一獲千金を狙ってやろうみたいなハングリー精神もない。昔は入ってやったくらいに思っていましたから、態度が大きかったのだと思います。研修のやり方もその時に合わせて受講生を理解しようとしないといけないですね。

 

講師の適正

 

- 講師になる適正というものはあるのでしょうか。

矢沢:やはりサービス精神ではないでしょうか。喋りだけで満足させなければいけませんからね。テクノロジーだけで満足させられる講師はいないと思います。同じことを話していても、理解しやすかったり、気遣いをしていたりという人が向いていると思います。そのためには相手をきちんと見なければならないです。それから、何かトラブルがあった時にその場を繕える人。そこもやはりサービス精神に繋がるのではないでしょうか。

つまらなそうな人はだめですね。今から話すことが好きで好きでしょうがないというように心底楽しそうにしていると、受講生も興味が湧くと思います。

 

出版したければ書いてしまうのがいい

 

- 矢沢さんは多くの著書があります。本を書きたかったらどうすればいいか教えてください。

矢沢:出版社は初めての人を敬遠するので、書きたかったら完成品を持ち込むのが一番いいです。まずは4ページくらいの記事から始めたらいいのではないでしょうか。新しい著書は常に求めているので、各出版社の連絡先に「どこに問い合わせればいいのでしょうか」というメールでコンタクトを取ります。私の時はメールがなかったので、読んでいた雑誌の連絡先に手紙を送りました。何回か繰り返しているうちにお話をいただきました。

どのようなテーマでも大丈夫なので一つのことにテーマを絞り、自分の興味のあることを書いて送ってみるのがいいと思います。

 

- 本を出したかったらまず書いてみることですね。

矢沢:そうです。書いてしまえばいいです(笑)。

 

そして最後に

 

- 最後にご覧になっている方々へ贈る言葉はありますでしょうか。

矢沢:はい。それは”小さなwish”です(笑)

 

-え?(汗

矢沢:Wishは願望とか願う意味があり、とても好きな言葉なのですが、Wishが強すぎると叶わない。小さなこと願望から叶えることが重要という意味で”小さなWish”を皆様に伝えたいと思います。

 

-なるほど…。とても冴えわたる取材ができてとても刺激になりました。ありがとうございました。

矢沢:ありがとうございました。”小さなWish(ポーズ)”

※写真は小さなWishのイメージとなります

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