金子 健太郎さん~研修は一人前のSEになるスタート地点に立たせるもの~

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金子 健太郎 (かねこ・けんたろう)

講師になるまでのお仕事: 大学時代エニックスのメインプログラマーとしてゲームを開発。その後銀行系システム開発会社でチームリーダーなどを務める。

今のお仕事: 株式会社デジタルアシスト代表取締役。新入社員研修を中心に講師として登壇。社内で受託システムの開発に従事。

 


 

長年の開発で培った技術、開発現場での経験から感じた新人SEに大切なことを、これからIT業界に入る若手に伝えたいという金子健太郎さんにお話しを伺いました。

 

― 本日は宜しくお願いいたします。金子さんは長年講師として登壇されていて、開発の経験も豊富だと伺っております。どのようなご経験があるのかお聞かせいただけますでしょうか。

 

プログラミングは楽しい

金子:それでは自己紹介をしましょうか(笑)。

講師としての活動は2001年からしていますので、15年目になります。その前は銀行系システム開発会社でSEをしていました。

 

― なぜSEになろうと思ったのですか?

金子:私が高校の頃にパソコンというものが日本で初めて作られました。当時はパソコンとは呼ばなかったのですが、たまたま友人が持っていて存在を知りました。操作を教えてもらうと、とても面白く、プログラミングにのめりこんでしまいました。私が高校の頃は、まだインターネットなどはない時代でしたので、独学でプログラミングやコンピュータの仕組みを勉強しました。特にプログラミングに熱中しており、授業中に先生の話しを聞かずにノートにコードを書いているくらいでした。そのため、高校を卒業する頃には一人前というか、いろいろなプログラム作成ができるようになっていました。

大学に入ると、縁あってゲームのメインプログラマーをやることになりました。エニックスなどでメインプログラマーとして活躍していました。メインプログラマーの契約は著作権契約という形式だったので、売れた本数に対して報酬がもらえました。ですから、少しでも面白くて多く売れるゲームを作るということを目標にしていました。メインプログラマーだけではゲームは開発できないので、サブプログラマーが何人かと、音楽や効果音担当、デザイナーなどのチームでゲームを開発していました。私はメインプログラマーとして全体のまとめ役などもやっていました。結局、大学時代に3本のゲームを発売しました。実務の開発では必ずあるテストも、別の場所にテスターが30人ほどいて要求通り色々と動かして、テスト結果のレポートをくれました。また、設計書も頭の中にしかなく、プログラム作成だけをしていればよかったので非常に楽しかったです。そんなゲーム開発の仕事はすごく面白かったのですが、一方でこの仕事を長くはできないと感じてもいました。

 

―この仕事は長くできないと感じたのはなぜですか?

金子:例えばエニックスの年末発売のゲームを開発していたときのことです。その時は9月頃にエニックスがウィークリーマンションを借りてくれて、それまでは自宅等のバラバラの場所で開発していたチームが、そのマンションでまとまって開発するということになりました。ウィークリーマンションでは、マネージャーという名前の小間使いも付き、モスバーガーが食べたい、築地の寿司が食べたいと言えば買ってきては貰えるのですが、なかなか部屋から出してもらえないという軟禁のような環境でした(笑)。

決まった寝る時間などはなく、眠くなると床で仮眠して、また起きてコンピュータに向かうという1日中ゲームを作っているような生活でした。そのような生活は体力勝負であり、若いうちはムチャな生活が可能でも、一生この生活をしていくことは無理なのではないかと思っていました。

そこで、就職活動のときに堅気になろうと(笑)。結果、メーカー系ソフトハウスではなく、ユーザー系ソフトハウスの銀行系システム開発会社に入社しました。

 

― 入社してからはどのようなお仕事をされていたのですか?

金子:当時はパソコンという言葉が一般に認知されていないくらいの時代でしたので、250人いた同期の中で情報処理試験に合格していたのは、私ともう一人しかいませんでした。

そのため、基礎勘定系システムという銀行の一番メインとなるシステムの制御系チームに配属となりました。入社2年目に大きなプロジェクトに抜擢され、以降は大小のプロジェクトを渡り歩きました。3年目には部下が付き、チームのリーダーとなりました。銀行なので大規模プロジェクトも多数あり、一番大きな規模だと参加人数が1,500人とか、期間の長いプロジェクトだと3年など、想像つかないくらいの規模のプロジェクトがありました。このような大規模プロジェクトに携わっていたのですが、12年ほど経った時に銀行が合併してメガバンクになることになり、私にはシステム統合プロジェクトに参画という指示がありました。それまで30人のチームのリーダーをしていたのですが、すでに管理の仕事が多くなっていため、現場にあまりいられないと感じていました。私はプログラミングをしたり、設計をしたり、開発の現場で働くのが好きなのですが、システム統合プロジェクトでは現場に出られないことが更に多いと聞き、会社を辞めさせてもらうことにしました。

 

「おめでとう、合格。講師一号だ。」

 

― 会社を辞められて講師の道に入られたのでしょうか。

金子:次の会社も決めずに会社を辞めたので、フリーでプログラムの請負開発をしていました。自由に時間を使えますし、プログラミングもでき、収入も良いので楽しかったです。しかし、1年ほど一人でやっているとフリーの仕事に飽きてきてしまいました。それまでは、チームで開発していたので、チームでの達成感を分かち合えたのですが、一人でプログラムを作成していると、仕事が来てプログラムを作って終わりという繰り返しに感じてしまったためです。そこで、チームを作って開発をしようと思い、会社を作りました。その会社が今に至ります。

講師になったのは、会社を辞めた時に今はIT研修会社の会長をされている方から会社を見に来ないかとのお誘いをいただいたのがきっかけになります。その方のセミナーを会社員時代に2回ほど受講したことがあり、面識があったため退社のご挨拶をしたところ、お誘いいただき、時間に余裕もあったので事務所に遊びに行ったのです。ちょうど、そのIT研修会社を新しく立ち上げたところで、「今後採用で面接をする必要があるので、ちょうどよいから練習相手になって欲しい」と言われました。そのため軽い感じで面接の練習相手になっていると、面接が終了したときに手を出され「おめでとう、合格。講師一号だ。」と突然言われ、なぜか講師になってしまいました(笑)。

 

― 練習だと思っていたら本当に面接されていたのですね(笑)。

金子:そうなのです(笑)。ですので、会社を辞めた時は講師になろうとは全く思っていませんでした。青天の霹靂です。実際には、その半年後に新入社員研修があったため、そこから講師となりました。

 

出る杭が出ない

 

― 研修の依頼で多いものはありますか?

金子:新入社員研修が一番多いですね、新入社員研修は研修期間も長いですし、クラス数も多いので、セミナーの登壇日数的に一番多くなります。プログラミングはJavaを教えることが多いですが、その他にもネットワーク・データベース、IT基礎などのセミナーもしています。

 

― 長年講師をされていて、10年前の新入社員と現在の新入社員で違いを感じることはありますか?

金子:傾向で言うと、最近顕著なのは「正解志向」です。

 

― 正解志向というと?

金子:ただ一つの正解を求めるといいますか、正解を知りたがります。ビジネスでは正解が一つでないことも正解がないことも多々あります。プログラミングにしても様々なやり方があり、私はお客様の要望に応えられればどんなやり方でも正解だと思っています。しかし、そのようなケースでも受講者から「どちらが正解ですか?」と聞かれることが多くなったような気がします。この正解は一つという考え方を正解志向だと私は言っています。

また、最近はチャレンジしてみない人が増えています。プログラミングも最初はトライ&エラーでまずやってみるということも必要だと考えていますが、解らないものには初めから手を出さない受講者が増えていると感じています。解らないからやってみて、正解を探すのではなく、すぐに「どうしたらいいですか?」と答えを求めてきます。

 

― 原因はあるのでしょうか?

金子:いろいろな原因が複合していると思いますが、理由の一つに同期の人と非常に仲が良いというのもあると思います。昔は「出る杭」がいました。今は、出る杭が出ないようにしていると思います。グループワークなどをすると仲良く盛り上がるのですが、それは「これを言ったら揉めるのではないか」ということを言わないようにしているからだと思います。グループワークが最近は討論にはなりませんね。不正解してしまうと他の人に認められないと考えているのではないでしょうか?逆に正解できれば周りの人たちに認められると思っているとさえ感じてしまうことがあります。

 

― 良くも悪くも目立たないようにしているのですね。

金子:そうですね。目立たないようにするというのが顕著ですね。競争がないというか仲良しです。突出してできる人も中にはいると思うのですが、敢えて出さなかったりしているようです。昔はできる人が新人研修のクラスを引っ張っていくということが良くあったのですが、今はあまり無いように感じます。

 

研修が終わって初めてスタートライン

 

― 研修の時に心がけていることはありますか?

金子:これはずっと変わらないのですが、新入社員研修が終わって初めてSEとしてのスタートラインに立つということを意識させています。新入社員研修の終わりはゴールではなく、ましてや一人前のSEになれるわけでもありません。研修の終わりは「先輩と一緒に仕事ができる」最低限の状態です。その状態にするというのが講師の仕事だと思っています。

例えば、開発実習の時は私が仮の上司として毎朝報告を受けるのですが、報告は何のためにしているのか、報告の内容、質問の仕方などを細かく指導しています。実際の現場では個別の技術よりも、コミュニケーションや基本動作がしっかりしている方が大切だと考えているからです。私が銀行系のシステム開発会社で働いていた時にも、新人が毎年プロジェクトに配属されて来ましたが、最低限のプログラムができる人よりも、プログラムができなくてもいいので、吸収力や学ぶ力のある人、ホウレンソウのできる人の方がありがたいと思っていました。

そのため、自分が講師として新入社員を指導する立場になって、相手に解り易い質問ができたり、メモがきちんと取れたり、配属されてからどんどん伸びていけるエンジニアを育てられるよう心がけています。

 

― IT業界は技術の進歩が非常に速いと思います。やはり自分から技術を吸収できるエンジニアは必要ですね。

金子:はい。私がIT業界で仕事を始めた時は運が良く、まだ世間でコンピュータがあまり知られていない時期に始められました。例えば、C言語がプログラム言語として登場したときからC言語を始めて、その変遷も知っています。私がパソコンを始めたときにはパソコンにはOSがなかったので、自分たちでOS相当の物をプログラミングしていました。私は30年ほどIT業界にいますが、30年かけてコンピュータの歴史を一緒に歩んでいる訳です。そのため、コンピュータの仕組み、仕掛けをきちんと理解できていると思っています。

しかし、これからこの業界に入ってくる人たちというのは、すでにいろいろな完成さえているコンピュータの技術を使います。また、ブラックボックスもたくさんありますし、コンピュータの知識が幅広くなりすぎて、全てを網羅するのが難しくなっています。そのため、私から見ると表面的に知っている、例えばJavaのフレームワークを使ってシステムを作れるとしても、そもそもJavaはどうして動いているのか、フレームワークはどうしてできているかまで理解するのは、なかなか難しいと思います。そのため、現時点の表面上の知識よりも、今後より多くの技術を吸収できる人材が大切だと考えています。

 

― 研修では技術力よりも技術を吸収する力を教えられているのですね。

金子:そうです。私が研修を受け持った受講者には一人前の良いエンジニアになって欲しいと思っておりますので「なぜその技術ができているのか」をきちんと教えたいと思っています。なぜ必要なのかを知っていれば、好奇心も沸き、その後の勉強の仕方も変わってきます。私ができる範囲はほんの少しですが、日本のIT業界を発展させるために役立てれば嬉しいです。

 

― お忙しい所ありがとうございました。

金子:こちらこそありがとうございました。

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